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ゆうぐれどきはよいとき

2019.09.19 *Thu*
ゆうぐれどきの庭
ゆうぐれどきの庭

堀口大学という詩人が好きなのはオシャレ、つまり格好良いからアイビー小僧だった私は一節を楽しんだ。しかし、当時はこのゆうぐれどきの詩には興味をひかれなかった。いつも家の縁側から庭を眺めていても、思いは青春特有の自我に悶々としていた。
人生の終章にいる今、いかにこの詩た良いかわかった。

ゆうぐれのときはよい時
かぎりなくやさしいひととき

今、悩んでいるひと、今つらい気持ちの人、庭で、公園でもよいからゆうぐれどきはボーッとしよう。このひとときはとにかくやさしい。そのやさしさに身をまかせよう。想念は足元の土を見れば土色に同化する。木を見れば葉緑の揺れに和らぐ、空をみれば夕焼けに染まり鳥が何事もないように通りすぎる。子供がいれば稚戯の童心似まぎらわされる。

のんびりとしながら詩の一節を思うと、心がのびやかになり免疫力が高まる。
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[私小説歌手]玉置浩二の[出逢い]は悲恋を予測した楽曲であった

2019.09.18 *Wed*
玉置浩二の作品のなかで、落ち着いた気品のある楽曲。はじめにピアノの穏やかで粛としたイントロが深く染み渡る。
ソ↗ラ↗シ↗レ↘ロの繰り返しが心を静めてくれる。
♪連絡はないけどー元気にしてーますか 
好きだったあの声 耳に残ってる
そばにいなくても だきしめられていたのでしょうか
あなたに つたえたい
このぬくもりを

連絡はーの音階は徐々にせりあがる、郷愁のメロディ、つまり甘酸っぱい思いに浸りたい気持ちが漂う。記憶のなかでいつも鮮やかなのが人の声。
好きだったあの声 耳に残っている

このフレーズが非常にリアルに寂しく、いとおしく迫る。

この楽曲は安藤さとこが創作した。詞は松井五郎である。去っていった自分の愛する人を想起している玉置浩二の心情が響いてくる。

そして
覚えていますかいまでもあの歌を
で終わる。

まるで創作した当初から別れを述懐する場面を思い描いていたかのようである。

https://video.dmkt-sp.jp/ep/10068395

[私小説歌手]としての玉置浩二のしぼりだす作品である。しかし安藤さとこはその時にはこのことを予測もしていなかった。
この人生の皮肉な結果がますます感慨深い味わいとなっている。
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2019.09.17 *Tue*
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八百万神
やおよろずのかみと地産地消活動はつながっているのですね。日本文化の民俗学のなかで、人々の生活について辿れば、昔、今、未来もつながらざるをえないことが論述されています。

ところで、もう少し八百万の神についてー
神道(しんとう)で数多くの神々の存在を総称していうもので、実際の数を表すものではない。文献上の初見は『古事記』上巻の「天(あま)の岩戸」の段にある「八百万神、天(あめ)の安(やす)の河原に神集(かむつど)ひ集ひて」である。このほかに同様の総称として八十諸神(やそもろかみたち)、八十万神、八十万群神(もろがみ)などが『日本書紀』『万葉集』などにみえる。いずれも「八」が多数を意味し、本居宣長(もとおりのりなが)は『古事記伝』で「八百万は、数の多き至極を云(いへ)り」と述べている。[阪本是丸]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について | 情報 凡例

世界大百科事典内の八百万神の言及

【多神教】より

…一神教が砂漠の宗教であるのに対して多神教は農耕社会に多くみられ,配偶神や親子神のように地上的・現世的な性格を多分にもっている。日本の記紀神話にあらわれる八百万神(やおよろずのかみ)の世界も多神教の一種であるが,その神々は古代ギリシアの宗教やインドのヒンドゥー教における多神教とは異なって,肉体的な特徴や個性をもたず,目にみえない存在であった。また日本の神話には世界を創造する造化の神や自然神が登場するが,その多くは祖先神(または氏神)であって,山や森などのある特定の場所に鎮(しず)まり,個性や機能を強くは主張しない存在とされてきた。…
村にある、町にある祠は自然神ともいえるでしょう。普段、気付かず通りすぎているあなたの町の祠はさまざまな寓話に広がり世界に発信できるでしょう。

こうした町の文化資産を注意深く調べるひとときをつくることで、のんびり度は高まり免疫力はアップします。
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世間が悪いからひきこもる。

2019.09.14 *Sat*
ひきこもりが社会の問題となり、その解決のために様々な施策が求められている。
引きこもりは厳しく無駄の多い労働環境に対する人間ストライキであると指摘する人もいる。私も同感である。

こうした社会問題への施策をアピールすることでは安部政権は素早く、広報効果が高い。しかし、引きこもりを引っ張り出して訓練するというのが実態である。拙速に、単純にひきこもり支援を机上で考えアドバルーンをあげても現実の問題解決は手付かずである。

訓練するということは
市場価値のある値段のつくひと、
訓練して稼げるようになれというのは、死ぬしかないと家で悶々としている人に酷いという悲鳴も聴こえる。

日本の世間は抑圧と同調圧力に脅されている。
ひきこもりに対する世間体を家族が意識しているから、日本の世相のゆがみをただそうという声がでない。なぜなら、ネット右翼に支配された世論にたたかれることを恐れるからである。
もともと個人がないのに成果主義が広がり、強い個人が求められる。
悪いのは世間である。
その悪い部分を是正するのが政治であるのだが、これまでの政治は自己責任論を吹聴して、政治の重要な役割を忘れたかのようである。その政治を容認しているのが世間である。

悪いのは世間である。
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台風の時はさぼろうよ

2019.09.12 *Thu*
台風15号が改めて浮き彫りにした、日本人サラリーマンの「社畜体質」。そこまでして出社する必要もないのに、駅に向かう長蛇の列に並び、地獄絵図と化した満員電車に揺られて会社へ向かう人々の姿が大きく報道された。これはリモートワークを推進すれば治るというほど簡単ではなく、日本人が70年以上も抱える「不治の病」である】
上記の新聞記事にあるようにサラリーマンはほんとうに忍耐強い。小田急の開通を待って駅前に並ぶ人、周辺のスーパーのベンチや階段に座り、スマフォを見ている人々に怒りはない。諦念が体の芯に宿っている。
しかし、ストレスは内蓄されている。
昔は国労、私鉄労連の一斉ストのときはみんな花見しながら酒を飲んでのんびりしていたものだが、今はそういうおおらかな光景を見ることはない。
部屋で音楽聞いたり、読書したり、ビデオを見たりユーチューブでぶらタモリを見たりしてのんびりするほうが、体の免疫力の強化になるのに、と思う。
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プロフィール

POULMATSU

Author:POULMATSU
小松正治 合気道 無心塾を主宰
弱者のための合気道を指導。リベラル主義。無神論者。
現代社会のストレスに侵食されないよう、ささやかながらストレス解消法と免疫力の向上について語る。



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